昨今はアジア人である人間を些少でも肯定に捉えると直ぐ様、自称愛国者が湧いて出てくる。
逆に道理が通った話であっても否定にて論ずると自称人権はが湧いて出てくる。
よって、私はこの手の話題には余り触れたくなくなったのだが
少々、気になる単語を見つけたので少しだけ書こうと思う。
まず、1954年の厚生省の「準用」と言うことだが
これはある法律を類似の別件にも適合する事を明示すると言う事である。
つまり、生活保護法(国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長する法律)は
類似の永住外国人にも適用される事を公的に明示すると言う事である。
よって、この判決は不当ではなく1954年時点で永住外国人にも適応(準用)されると言う事である。
これを永住外国人だからを理由として適応すべきではないと論ずるのは議論抜きに本当にただの差別と成る。
むしろ、気になる点が在るとすると
この女性が生活保護を受ける立場にあるか否かの方である。
生活保護を受ける立場であると言う事は、2008年12月時点で彼女は「生活に困窮」する事が前提にとして存在しなければならない。
さて、判別がし辛い事なのであるが
生活保護を求めなければならない程に困窮している人間が3年間収入を得ずに裁判を行う事は可能であろうか?
生活保護法第二十五条の規定において「保護の実施機関は、要保護者が急迫した状況にあるときは、すみやかに、職権をもつて保護の種類、程度及び方法を決定し、保護を開始しなければならない」と在る。
この場合、生活を営みつつ裁判を行う費用が存在する以上は女性(要保護者)は急迫した状況に無いと考えられる。
よって同条第三項「町村長は、要保護者が特に急迫した事由により放置することができない状況にあるときは、すみやかに、職権をもつて第十九条第六項に規定する保護を行わなければならない」の条項が適応されない可能性が高い。
また、第四条には「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」とある。
これは生活に使用されない資産などが存在しそれらを活用しきった状態をもって最低限度の生活の維持となると言う事であり、生活保護を受け取りながら貯金も貯めて資産運用を行う事は許可されないと言う事を示している。
つまり、裁判費用が出せ日常の生活の中で収入を得る活動以外の活動を状態的に行える状況は本来、生活保護法における要保護者になる可能性は低いと考えられる可能性が高い。
そして、忘れられがちではあるが第一条であるこの法律の目的は「最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的」としている。
生活保護法とは単純に最低限度の生活を提供すると言う意味ではなくそこに至るまで保護を行い自立を助長することを目的としている物であり
自立助長を目的としない生活保護は本来は目的に似わないのである。
私はこの女性が何人でありどの様な立場の人間であるかよりも
本当に保護の必要があり保護を適応した場合にその主旨・目的に合致するかが争点にならない事の方が問題だと思われる。
表層上の何人よりもこの点を鑑みて、生活保護法の是非はもう少し考えてみる必要があると私は思う。
尚、私自身は現状の生活保護法の状況は好ましくないと捉えており本来の主旨を達せずにいる法律であると考えているが
逆に本当に保護を必要とし自立意識の存在する人間に対して正しく適応されるべき法律であるとも考えている。